もっと人と近い現場で開発の仕事がしたい
日本の大学時代から経済開発の勉強をして、アメリカのシカゴ大学でマスター(修士)をとりました。卒業後、国連開発計画(UNDP)に入り、最初の任地が(アフリカ南部の)ザンビアでした。ただ事務仕事が多かったので、「もっと人と近い現場で開発の仕事がしたい」と思い国連食糧農業機関(FAO)に移ったんです。FAOのヘッドクオーター(本部)がイタリアだったのでイタリアに勤務しながら、担当していたのはタイ、フィリピン、インドネシアの農村開発計画と農業開発計画でした。1992年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで地球サミットがありました。その時にアマゾン流域の北側、スリナムとガイアナを担当することになったんです。トリニダード・トバゴというカリブ海の一番南の島国に住んで、そこから2週間に1回、ガイアナとスリナムに飛ぶという生活でした。仕事内容としてはアマゾンベイスン(アマゾン盆地)の中に住む人たちが、「どのようにして、自然を守りながら暮らしていけるか」(sustainable development)という手助けをしていまし た。トリニダード・トバゴは島国ですので「魚を採りすぎない、産卵時期の魚を取らないで、漁を続けていけるようにするため」のフィッシャリー(マリーン)ストックアセスメント(fishery (marine) stock assessment)というようなこともしていました。FAOでの最後の任地がバングラディシュでした。何年か過ごして、たまたま家内がハワイ大学の教授になったので、私もハワイに行くことになりました。自分の勉強をもう一度してみたいと思い、政治学で博士号をとりました。開発の分野というのはそれまでほとんど経済が主流だったんです。しかし、実際に開発に携わってみて、経済ではなく、開発は政治だと思い、政治学を勉強してみたいと思ったんです。そのあとホノルルにあるハワイ東海インターナショナルカレッジから東海大学での仕事を始めました。その後、今と同じ(湘南キャンパスの)国際学科で3年間教えて、そのあとハワイ東海インターナショナルカレッジで10年間学長をやらせてもらいました。
学問的にいうと宗教も「文化」
バングラディシュというと「開発のできない国」と言われているんです。ではどうして開発できないのかというと、それが見えづらい。アフリカなんかは「政府がきちんとしていない」とか「各部族間の争いが今も続いている」とか見えるんですよ。バングラディシュというのはガンジス川の流域で、人口が増え続けているということを考えるとそんなに住みづらいところではない。他の国に比べたらバングラディシュ人の知識水準もそんなに低くないし、ノーベル賞をもらうような素晴らしい先生たちもたくさんいるんです。僕が赴任を希望したのも、「何が開発できない理由はなんだっていうのを、自分で見て体験してみたかった」というのはありました。
根底に「習慣」と「宗教」とが混ざった「社会」があり、その上に乗っかって出来上がった「社会・政治システム」というのが良くないんだとは思います。でもそれを急激に力ずくで変えるとなると革命になってしまう。でも革命になってしまうと貧しい人や力のない人たちが犠牲になってしまうので、「時間をかけてどうやって変えていくのか」ということが大変なんだと思うのです。
学問的にいうと宗教も「文化」なんです。世界中のどこでも根付いている文化が開発を考えるとおかしいことがたくさんあります。でも、そのような批判は気を付けないと単に宗教・伝統批判になってしまう。宗教批判をしているつもりではないので、自分で自分なりに殆どの宗教は相当勉強したつもりです。どの宗教を始めた人たちでも、「みんなでどうやってモラルのある暮らしやすい社会をつくっていくか」というのが本質なんです。でもそれを解題しているのが人間だから問題が生じてしまう。イスラム国(ISIS)は極端な例ですけれども、それぞれの宗教という文化やそれと混ざった社会システムが、いろんな意味で開発途上国の歪みの原因になっているんだと実感しました。
いいものを切磋琢磨してつくっていく倫理観のある社会
今、私たちが理解している資本主義っていうものの歪みがすごく大きくなっていると思うんです。資本主義だって経済って言われるけど、宗教と同じように一種の「文化」ですから。開発途上国のことを勉強してきて、今の資本主義がおかしいのではないか、競争主義と言われるけれども、人権ができてきた時代の中で、「体が不自由な人たちではなく、体が強い人たちが生き残ればいい」っていうのはおかしいのではないかと思うようになりました。資本主義のあり方自体がどこかおかしいんです。資本主義はみんな「完璧なシステム」だと思っているけど、宗教と同じで解題しているのは私たち人間で、「私たちがこうあるべきだという」共通理解の上に成り立っているんだと思うんで す。その共通理解が正しいとは限りません。
僕は大学院時代からの勉強の手法として、古典から学ぶようにしています。例えばアダム・スミスから読み始めて、彼の言うインビジブルハンド(Invisible Hand)っていうのが「見えざる手」ではなく、本当は「倫理観」という意味ではなかったのかと思います。そのような「倫理観」のある中での競争をすることが、効率の良い経済になるのではないかと思います。人を騙して金持ちになるのではなくて、「いいものを切磋琢磨してつくっていく倫理観のある社会」というものをつくっていかないと、資本主義の社会はうまくいかないのではないかなと思うんです。その倫理観のある社会を作る根本は教育だと思っているのですが、それが私の今やっている研究でもあります。
本当の意味でコミュニケーションがとれる人
僕は大学の中ではグローバル推進担当ということもやっていますが、日本の企業を見ていてもわかるように日本自体が今、グローバル社会の先を走っていないのではないかと思います。また、グローバルって良いことだけではなくて悪いこともたくさんあるんです。それこそ国境を越えてテロがあったり、国境がなくなったために汚染が自分の国まで来たり。でもその中でこれからの時代を生き延びなくちゃいけない。僕らも学生たちも。
「グローバル人材」って若い頃は「どこへ行っても泥水すすってでも生きていける人間」だと思っていたんです。ところが最近になって「本当の意味でコミュニケーションがとれる人」だと思っています。それは相手を怒らせないでも自分の意見をはっきり言えるし、相手の意見を受け入れられる寛容さと相手のことも自分のこともよく知っているということが、最近たどり着いた結論です。だから自分のこと、日本のことをものすごく勉強しましたし、外国の文化や宗教も勉強しました。相手のことをわかっていないとコミュニケーションは取れないです。さらに、どこの人ともコミュニケーションの取りやすい英語は覚えるべきだとは思うんです。
僕が思うに、本当にバリバリできるビジネスマンというのは、別に押しが強くて英語がペラペラにできる人ではないですよ。例えば大きい会社なんかに入っていると会社のバックアップがあり、なんとかできるのだと思います。しかし、外国に行って自分でNGOつくって、多くの人を助けてらっしゃる方とか、個人で商売を成功なさっている方とか見てみると、決して英語が上手いわけではない。また、ブラジルで農場をやられている方とか、日系人の成功した方などを見ると、一般にイメージする「バリバリのビジネスマン」っていうのがグローバル人材ではないっていうのは最近、ようやく気付きました。そういう方々を見ている と、雇用している人たちに対する思いやりがすごくあったり、コミュニケーションがうまくとれている。だから「うちのボスのためなら一所懸命やる」って働いている人たちが周りに沢山いる。それでないとああいう成功ってできない。そういう人が僕はグローバル人材なんだと思います。
私より賢い人間になって欲しいし、私よりいい人になって欲しい
僕が学生に対して望むものは「私より賢い人間になって欲しいし、私よりいい人になって欲しい」ってことなんで す。これだけです。学生の世代が僕たちより、よくなるということが「私たちの世代より、次の世代の方が、未来の方が良くなる」ということだと思いますし、より住みよい世界を望むことが、人間の永遠の夢だと思うんです。僕 は、自分の人生は良い意味で大学・大学院の時代の指導教員に変えていただいたと思っています。それは日本でもアメリカでも本当にラッキーでした。だから学生と接する時はその真剣さをいつももちたいと思っています。そういう意味では教員としての責任というのは、国連で仕事をしていたときよりも重いという感はありますね。教育というのは人の人生変えてしまいますから。
僕の授業はなるべく英語を使って経済学や政治学の基礎などを教えています。先ほども言ったようにこれからの時 代、英語が使えた方が絶対にコミュニケーションをとるのに得なので。専門的なところでは開発理論を教えていて、経済の開発理論とか政治の開発理論とか文化人類学の開発理論とかあるんですけど、それを教えながら「私よりいい人になってもらいたい」「私より賢くなってもらいたい」というのを意識的にやっています。
平和に貢献できる若者を育てたい
東海大学を創立した松前重義先生は第二次世界大戦の際に戦争に反対していた方で、平和に貢献できる若者を育てたいという思いで東海大学をつくられました。この松前先生の思いは授業でも大事にしています。日本も含めて世界中が戦争を肯定し始めている時代になっているので、政治学を教えるときには戦争の悲惨さ、日本がなぜ戦争に歩んでいったのかを丁寧に話しています。また、特に中国や朝鮮半島、東南アジアの方々と付き合うためには日本がやった残忍さ、日本が受けた悲惨さの両方わかっていないと戦争肯定論になりがちなので、その辺りも意識的に授業の中では教えています。
開発というのは「どうやったらみんなに飯を食わせられるか」ということで、それが僕の専門ですけれど、サイドラインでもう一つ流れているのは「どうやったら戦争をしないでみんなで暮らせる地球をつくれるか」という話です。僕も答えはわかりませんが、まずは悲惨さからわからないと。環境を壊すこともいけないし、勿論、人殺しだってそうです。悲惨さというのはどれだけ大変なことになってしまうのかということです。今の戦争は「勝てば官軍」ではなくて、戦争に勝とうが負けようが「両方が負け」なんだっていう時代です。「ネガティブ・サム(negative- sum)」と言うんですけど、戦争をやったら両方とも負けなんだということを。
僕は開発というのは「今日よりも明日のほうが、自分と自分の周りの人たちがここちよく暮らせるように努力すること、その努力によって心地よく住める社会になっていくこと」だと思っています。自分だけではダメなんです。「開発」は「発展」と違って、発展というのは結果であって、開発は「意志があってやっていく、進んでいくこと」だと思うんです。自分のところだけだと利己主義で自分のところだけが金持ちになるだけなので、周りの人を不幸にしていくと、その不幸が自分に返ってくるわけですから。
(2016年4月5日 聞き手:橋口博幸)