貴家 勝宏

Sasuga Katsuhiro
教授 国際学博士
貴家 勝宏
Sasuga Katsuhiro
教授 国際学博士

自分が本当にやりたい仕事はなんなんだろう

大学時代は政治経済の学部でした。将来の方向性に明確な目標があったわけではなかったので、卒業後はなんとなく社会人になりました。仕事は一般企業の広報関係の宣伝部。留学への漠然とした憧れがあったので、会社を選んだのも留学の制度があるかないかで選んだんですね。入社したら希望したわけではない部署に配属させられましたけど、始めたらそれなりに面白かったですね。その後新会社設立に関わったりしましたが、結果的に3,4年社会人として働いてから会社を辞めました。親の仕事を手伝うこともあり、また、ちょうど「自分が本当にやりたい仕事はなんなんだろう」っていうこともよくわからないこともあって。親の手伝いは3年という期間のある仕事だったので、ある意味リセットする機会になりました。自分が何をすべきか考えられるチャンスをもらえたってことだと思うんですよね。ちょうどその頃に「国境なき医師団」の活動を知るようになったり、ボランティアでいろんな活動を海外でやっている方とか途上国で日本語を教えて頑張っていた人とか、いろんな人たちとの出会いもありました。

「自分の存在ってなんなんだろう」「自分は何をしたらいいだろう」って思った時に、「大学までやってきたことで、世の中に対して自分でアクションを起こせるのか」と考えてみたときに、まだまだ知識も経験も足りないなと感じたんです。それでもう一度勉強をしたいと思い、イギリスに留学することにしました。社会で7、8年働いた後だったので、留学したのは20代後半、30歳になる直前でしたね。周囲や親からは「そんなこと考えるな」と言われましたけど、自分がすべきことが何なのかがようやく見えてきたところだったので、このチャンスは逃したくないという思いでした。

国というかたちがどういう方向に変わっていくんだろう

イギリスでは修士で国際関係論と国際政治経済学を学びました。イギリスを選んだのは日本の国際政治経済学と学問体系そのものや成り立ちも違うということ、また当時の私にとっては新鮮な学問と感じていたからです。ちょうど自分の経験と将来の方向性、そして世の中とのつながりを考えて、国際政治経済学を選びました。

私が留学を考えていた頃というのは、一つには「ヨーロッパの統合」という問題があったんですね。欧州連合のようなものの誕生や東西ドイツの統一、そしてソビエト連邦の崩壊という、国際情勢の変化とその中で国のかたちというものが変わっていく真っ只中でした。そんな国際情勢の中で、「日本は変わらないのかな」と考えるようになりました。ほんのちょっと歴史を遡れば、日本のかたちは今とは同じではない。それは単純に領土のことだけではなくて、社会の制度も何もかも時代とともに変わってきている。じゃあ、国というかたちがどういう方向に変わっていくんだろうと。

当時ヨーロッパの動きに触発されて、今、議論になっているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の大元になっているAPEC(アジア太平洋経済協力)のようなものも80年代の後半に生み出されてきていました。ひょっとして国のかたちって変わるものであって、変わらないというふうに考えてはいけないんじゃないかな、と思えたんですね。そういうことを考えていく中で、やはりアジアで生まれ育った人間として、アジアがどうなるんだろうと。ちょうどその頃は中国の台頭という問題があったんですけど、私自身はむしろ全く逆に見ていて、むしろ中国が世界のシステムの中に統合されていく過程もある、と考えていました。

博士課程に進んでから、中国と台湾に半年ほど行っていたりっていう時期もありましたが、6年から7年くらいイギリスにいたことになります。その時にフィールドを見られたっていうことが重要でした。中国などから海外へ向けて出されている情報と、実際に行って知ることにギャップがあるんです。そういう点では今でも研究をしていく時に、実際に現地で裏付をしていくという作業は絶対に必要だと思います。

世間のイメージに対するアンチテーゼ

現在は国や国家ということだけの視点で世界の問題を見るべきではない、と思います。実際にはそれぞれの国に生きている人がいて、そういう人たちと自分たちがどういうふうにつながり、本当に共生する社会とはどういうものなんだろうと考えていく。例えばビジネスであれば国家間の関係を平和にしていく産業、例えば観光みたいな産業のように、ある意味では平和を作っていくような産業。そういった平和産業を通じた国家間の関係のさらなる統合というところまで私はやりたいと思っています。

先月も研修で中国に学生を連れて行きました。すると最初は中国に対して良いイメージがないのだけれど、実際に中国人と接してみると優しい対応をしてくれて学生たちはビックリする、ということがよくあります。メディアでの報道でも「国家の紛争や対立のみが国際関係のすべてだ」みたいな風潮がありますけど、実際に我々の社会は全く異なるところで動いているんですよね。私のテーマは研究として決して華々しいものではないですけれども、そういう世間のイメージに対するアンチテーゼとしての議論は常にしていきたいなと思っています。

ビジネスの世界ではとっくに国同士の壁はなくなりつつありますよね。上海で先日見て回った企業にも、中国のメーカーなんだけれども、技術とマーケティングは派遣された数名の日本人が担っているというところがありました。そして何百という現地の人たちを雇用しており、実態としては中国の会社、でも中身の中核を担うのは日本の技術という状態ですね。同時に日本の高い技術が中国のメーカーで使用されているわけですから、日本のメーカーが厳しくなるという面もあります。そういうのを実際に見ることで国境を超えた動きを肌で感じ、今の国家のあり方とか考えるきっかけになると思うんです。現代はビジネスだけでなく自分たちの存在も含めて、日本だけの枠組みだけで捉えてはいけないんじゃないかなと思いますね。もちろん国際政治経済の分野は経済やビジネスが全てではないので、そこには国家の当然の役割として安全保障の問題もあり、外交の問題もあります。それらが相互にどう影響を与えながら動いてるんだろうかというところが、私の研究テーマになってきます。

自分の人生は世界につながっているんだ

東海大学に来て11年目になります。イギリスにいた頃には教員になろうとは考えてもいませんでしたが、帰国して1年くらい経ってから東海大学で非常勤を始めることになって今に至ります。教員になって5年くらい経った2011年に、サバティカル(在外研究)として1年間イギリスに滞在して研究させてもらいました。東日本大震災があった年です。震災発生後の3月31日に出国しました。震災の年に行ったことで研究とは異なる出会いが多くありました。イギリスで日本を助けようというチャリティーに関わる機会もありましたし、ガソリンスタンドなどで「日本人ってすごいよね。なんであれだけの被災をした中で、暴動も起きないのか」って話をしてくることもあったり。ある意味、イギリスで一般の人まで日本人のすごさを知るきっかけになっていましたよね。

自分とは異なる文化だったり、民族だったり、生活習慣だったりが異なる人たちとできるだけ交流してほしいと思います。日本はある程度同質の社会なので、できるだけ若い時に海外の人たちと交流する機会を持ってほしい。もちろん言葉や知識を学ぶというのも大事なんですけれども、やはり「同じ人間なんだな」っていう共感を持つことが重要だと思います。結局人が悩んでいることなんて世界中そんなに変わりないんですよね。そういうことを実際に体感するというか。そういう体験は、国などの限られたエリアの中だけでの人生じゃなくて、「自分の人生は世界につながっているんだ」という大きなスケール感を持つことにつながるんだと思います。空想するのは自由じゃないですか。学生時代にこそできるだけ大きな風呂敷を持って欲しいなと思います。

今の時代は、スマホなんかですぐに情報が出てきますけ ど、それでわかることって一体どれほどのものなんでしょう。スマホによって素早くある程度の情報が手に入るというのは、インフラの整備としてすごく評価しているんですけど、それをどう活用するかは自分なりの大きな世界観を持たないと、むしろスマホの世界に自分がコントロールされてしまう。やはり生身の交流をできるだけ持てていたほうがいいと思います。学生に対しては柔軟な思考と共にタフなマインドを求めたいですね。こういうのってスマホでは鍛えられないので、生身の失敗をいっぱいやってそこから一つ一つ鍛えられていくものだと思います。私の留学経験も、最初は失敗失敗失敗、失敗の連続。ただね、いつまでたっても失敗は無くならないんですよ。でもどんどんタフになっていくっていうのかな。そういうことが大切なんだと思うんですよね。

すったもんだのドタバタ劇

私の実家は日蓮宗のお寺なんです。もともと長男が家業を継ぐはずだったんですが、早くに亡くなったということもあって、やらざるをえなくなったという経緯はあります。3年間お寺を手伝っていた時には修行もさせられました。修行をしたことで少々のことには動じないというか、「こういうことあるよな」って受け入れられるようになったり、修行してよかったなと思えるところはあります。私はお寺に生まれてお寺で育ちましたけど、自分が長男ではなかったのでそういうお坊さんになるための何かというのは何もやらされていなかったし、普通の学校行って普通に社会人していたんですね。でも兄が亡くなって自分なりの家族に対する責任の取り方というのを考えました。会社を辞めて、修業に入ってそこから3年間お寺の仕事をやって、ただ3年後には自分の道でやると誓って留学したんです。だから先ほど申し上げた東日本大震災に関するイギリスのチャリティーというのも、イギリスの教会で法要をやったんですよ。東日本大震災で亡くなられた方々の追悼をしましょうという趣旨で。教会でしたけれども、私はお寺の格好でやりました。想像以上にすごく喜ばれましたね。表面的には宗教的な違いはあっても、亡くなられた方への想いとかそういう心はみんな変わらないんだなと思いましたよね。

父は四年前に亡くなりました。一応私が名前だけは私が継いだような形になってはいるんですけど、お寺には常にお上人と私の母がいるんです。私の場合は実家に帰るっていうのが修行になっちゃうんですよね。元旦は3時からお経をあげるんですけど、冬は寒さでつらいっていうのがすごくあって(笑)。それをやめちゃうと、自分がそんなに弱い人間だったのかっていう自分に対する葛藤があるので続けていますけど、毎年12月になると悩むんですよ。「今年の元旦や三が日はどうしよう。足も痛いし……」って(笑)。そういう時に自分自身を鍛え直す機会にしているかもしれませんね。うちのお寺には托鉢のように各家をお経に回るという習慣があるんですけど、去年まではどうにか頑張って私一人でやっていました。ダイエットにもなるかなと思って(笑)。

与えられた環境というものをネガティブに捉えると、それは自分自身成長することはないですよね。与えられた仕事や役割をとりあえず全力でやってみるというふうに切り替えたら、そこから何か見つかる可能性があるというか。もし私が家のことをやらなくちゃいけないということをネガティブにとらえていたら、その後の展望も何も広がらずにいったということも十分に考えられます。家業を手伝うのを3年という時間を区切ったことは良かったのかもしれません。生きていくってことは必ずしも自分がやりたいことばかりできるわけではないので、その仕事をやりながらここから自分が何を学べるんだろうっていう捉え方をしていけたら、世の中の仕事はなんだってもっと楽しくなるという気はしますよね。まずは全力でやってみる。私の人生は決して、順調に来ていたことは何一つなくて、その都度その都度、すったもんだのドタバタ劇を色々やりながらですよね。
(2016年4月5日 聞き手:橋口博幸)

貴家 勝宏
Sasuga Katsuhiro
教授 国際学博士
研究テーマ:グローバリゼーションと経済地域統合
専門分野:国際政治経済学

教員・研究者一覧

  • アルモーメン アブドーラ

    Al-Moamen Abdalla
    教授 日本語日本文学博士
    研究テーマ異文化コミュニケーション(日本とアラブ)、翻訳通訳の諸課題
    専門分野言語文化学、翻訳通訳&対照言語学
  • 荒木 圭子

    Araki Keiko
    教授 法学博士
    研究テーマアフリカ(系)人の脱国家的連帯
    専門分野アフリカ研究、アフリカン・ディアスポラ研究
  • 内川 明佳

    Uchikawa Sayaka
    准教授 応用人類学博士
    研究テーマ子どもの労働、教育開発、外国人住民の暮らしと子育て、支援
    専門分野教育人類学、文化人類学
  • 小貫 大輔

    Onuki Daisuke
    教授 教育学修士、ソーシャルワーク修士
    研究テーマ海外にルーツを持つ子どもたちの教育
    専門分野国際協力、ブラジル研究、性教育、性と生殖の健康・権利
  • 小山 晶子

    Oyama Seiko
    教授 政治学博士
    研究テーマ移民と社会統合
    専門分野EU研究、政治社会学
  • 金 慶珠

    Kim Kyŏngchu
    教授 言語学博士
    研究テーマ朝鮮半島と日本
    専門分野社会言語学、メディア論
  • 貴家 勝宏

    Sasuga Katsuhiro
    教授 国際学博士
    研究テーマグローバリゼーションと経済地域統合
    専門分野国際政治経済学
  • タギザーデ ヘサーリ ファルハード

    Farhad Taghizadeh-Hesary
    准教授 経済学博士
    研究テーマエネルギー政策、エネルギー経済学、グリーンファイナンス、マクロ経済学、日本・アジア経済学
    専門分野経済学
  • 田辺 圭一

    Tanabe Keiichi
    准教授 国際関係学修士
    研究テーマ内戦の要因分析、国内紛争後ガバナンス
    専門分野平和構築、人間の安全保障、国際開発論
  • ファーデン マルガリット

    FADEN Margalit
    准教授 法務博士
    研究テーマ国境を越える法律的な課題
    専門分野国際法・国際私法、異文化間コミュニケーション
  • 吉川 直人

    Yoshikawa Naoto
    教授 政治学博士
    研究テーマ持続可能な社会と経済システム
    専門分野国際開発理論・国際関係論
  • 和田 龍太

    Wada Ryuta
    准教授 博士(国際政治経済学)
    研究テーマアメリカ・イギリス外交史
    専門分野国際関係論、国際安全保障論、国際関係史
  • 李 優大

    Ri Yudai
    講師 法学修士
    研究テーマロシア・中東関係
    専門分野ソ連・イラン関係、ロシア外交史、中央アジア近現代史、国際公法
  • 田中エリス 伸枝

    Tanaka-Ellis Nobue
    准教授 応用言語学博士
    研究テーマテクノロジーと教育環境、リーダーシップ、言語教育と権力
    専門分野コンピュータ支援言語教育、異文化コミュニケーション
  • 衛藤 安奈

    Eto Anna
    准教授 法学博士
    研究テーマ中国の近代化
    専門分野中国近現代史
PAGE TOP